« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月31日 (水曜日)

今年最後のお仕事ブログ

今年も1年「湘南ではたらく小さな会社の社長のブログ」にお付き合い下さり誠にありがとうございました。この1年もブログではすべて本音を綴ってきたつもりでいます。

友人と酒を飲んだりすると、すこし大きく自分を演出する私がいます。しかしパソコンに向い活字にすると私は素直になれます。

しばらく振りにアクセス解析を見てみますと、凄い人数の方がご覧になって下さっていることが判明し、益々身が引きしまる思いがしましたが、ここは今まで通り、くだらない事から思想染みたことまで本音で今後も書いていきたいと思っています。

一年間本当にありがとうございました。

今年最後のブログですが、仕事の事を話します。

先日も述べましたが、私の開業は野心が先です。ですので仕事は何でも良かったのです。色々な代理店になり失敗しました。その中で主現業のゴキブリ防除の仕事だけが、軌道に乗りました。

はじめは他人に自分の職業を「ゴキブリ駆除」と伝えることに抵抗がありました。当然、ゴキブリは好きではないし、作業着も着たことなかったし、まして私が駆除なんてって思いでした。

人に言うのは嫌でしたよ。

でも時の経過と共に最高の仕事と思えるようになりました。理由は私がやっているシステムは画期的なやり方で、遅効性という欠点はありますが、環境を害さずに確実に駆除ができるのです。

ゴキブリに諦めていた方が私を信用してくださり、実際、施工すると1ヶ月でゴキブリが本当に絶滅しています。その時、当初は疑心だったお客様から絶大な感謝を頂けます。心から喜んでいただけます。こんな仕事は他にはありません。

時に施工が上手くいかなかった際は、1ヶ月でいなくなっていない事もありました。当然お客様はお怒りになります。しかし、いなくするとお約束して契約を頂いているので、再度漏れがないかを確認して、対策を練り施工フォローします。

ダメなら何度でも繰り返します。そして最終的にいなくすると言う約束を果たして来ました。するとあれだけお怒りだったお客様は私のファンになって下さりました。

技術力とサービスでNO1を目指した訳です。これが維持できていればこんな楽しい仕事はないのです!

人がやりたがらないことをやって、お客様の為になり、しかも感謝までされるのです!

今年、社員を叱る事が多かったです。これができていないからです。これが出来れば、本当は究極のES(社員満足)なんです。喜びを分かってもらいたいのです。

技術がいい加減になると、サービスが曖昧になると、楽しくないのです。お客様からは怒られるし、私からも怒鳴られるし…

だからES=CSなんです。来期はこの究極のESを際限なく追いかけます。それに平行して躾も。当社では裏表があったり、態度が悪い奴には仕事が出来てもリーダーにはさせません。

当社には今後も若い人が入って来ます。人に「ありがとう」が言える、感謝ができる、挨拶が出来る、時間が守れる…etc 

自分が感謝の心がなければ、お客様から感謝を頂く有難味や喜びも分からない。人から何かしていただいたら「ありがとう」と感謝を心から述べる。

非礼はしない。お客様には立って挨拶をする。宅急便のお兄ちゃんにも「ご苦労様」と言う。連絡を頂いたら返信する。人に平気な顔して嘘つくなんて誰からも信用されない。

当社に入った社員には、手を変え品を変え伝えても伝えても、もちろん皆なかなか出来ません。でも教育します。こんなのが出来ないと偉くなっても、役が上がっても、地位が上がっても意味がないのです。

私も出来ていないことがいっぱいあります。私も自己啓発しますよ。社員とは別に。でも日本が駄目になるとしたらこんな日本的なことからの崩壊です。

キャリアと呼ばれる官僚がそう言う教育を受けずに、国立大学を卒業しただけで若くして主要ポストにつき、そして国を動かす地位になっていく。だから日本中が本来日本的でない非礼の国に向っている。

子供が(もちろん大人でも)武道を学び、礼儀や礼節を学ぶのも大切です。私は、会社で若い人や中途でも学んで来なかった人に業務の実務やスキルよりもこれを重視して教えたい。

今は1から10まで私が言ってます。リーダークラスはこれが出来なければ始まらないし、マネージメントも残念ながら無理です。

私は自社の社員の躾教育も出来ないようならば、何のために経営者をしているんだろう?って気がしてしまいます。

私が言わなくても道徳や躾を大切に考える私の意を汲んでくれて、もう私だけがこんなことを言わなくても安心して任せられる真のリーダーを養成したいです。

今年はその意味での組織体制の基礎は出来ました。私が望む通りの社員研修を担当して下さった講師の方にも感謝しています。だから会社的にも良い年でした。

私は笑顔で新しい年を迎えますよ。

皆様も良いお年を!

200812291909000 ※今年の締めの忘年会は、恒例となった‘河豚’でした。はじけました。ありがとうございました。「うまかったぁあ~」

| | コメント (3)

2008年12月28日 (日曜日)

他愛もない話し③

最近、大切な悪友達のお蔭で(ホンとは私が首謀者かもしれない?)終電を逃して横浜は関内からタクシーで帰ることが多いです。当然運転手さんと話をします。

「最近、物騒で運転手さんも大変ですねぇ~?運転手さんへの暴行事件も起きているみたいだし」って聞きます。

するとある運転手さんは「僕ねぇ~もう30年も運転しているんだけど、1回もそういうのないんだよねぇ~。ある人もいるらしいけど…」 見ると人の良さそうな優しそうな運転手さんです。

別の人にも聞いてみました。「ある。ある。1度なんて車降りて…」 武勇伝を喋り始めます。話を聞いているとそんなタイプです。

きっとそう言うのって心の問題かもしれない。

(真面目に運転して事件に巻き込まれた人がいたら申し訳ないので、本当にいい加減な憶測ですが…)

※1月8日の日記に私の考え方を全面的に訂正してあります。申し訳ございません。

私も心が少し変わってからあまり嫌な思いを受けなくなりました。なにより普通にあやまれるし、そこで変なプライドもないし。

格闘技なんてやってなくても心の清い人は揉め事や心配事は起こらないのです。きっと。でも私の場合やってきたから小さなプライドの為に人と争わなくなれました。だからよかった。

で、今後。いつもどうしようかなぁ~?って考える。

格闘技をやっていると頭がフラフラなったり、怪我したり体の問題で社会生活に支障が出ることがあります。それは有事を考えてやっている訳だけど、心が変わって本当は来る筈のない有事だったなら、支障が出ることは本末転倒な訳です。

天国があるとしたらきっと恐い顔の人はいないはずです。優しく朗らかでニコニコしているはずです。

闘争心や打撃系によくあるやられたらやりかえすリベンジみたいなものは必要なのかなぁ~?って思います。分からないことや疑問も確かにあります。

でもきっと今後も苦しい稽古もして、また修行だと思って続けるでしょうが、始めた頃とは考えは変わっています。

きっと達人たちには分かっているのだろう。殴りあったり、絞めあったりする先に真の強さなのか、人格なのか、きっとそんなのが身につくのだろう。

続けることで優しさや相手への思いやりが学べるのであればそれがいい。来年からまた準備を始めよう!   おわり。

| | コメント (5)

2008年12月27日 (土曜日)

他愛もない話し②

もう一つのきれい事以外の理由。

私の開業なんですが、開業当時はそりゃぁ~野心の塊です。まず金持ちになりたいし、豪邸に住みたいし、車はAMGかフェラーリに乗っていることになっていました。

会社は当時の構想では今の50倍くらいの会社になっている予定でした。(当然、今は違いますよぉ~!興味ないです。学び学びましたから… もちろん学びは今も継続中)

あと人間ってどの世界でも同じだなぁ~とか悟った気でいました。どう言う事かと言うと、皆権力抗争しているんだ、と。政治家も会社もコミュニティーも集まりとかもみんな。そう思っていました。

そこで人は自分のプライドを保つ為に他人を蹴落としたり、立ち位置を計算した行動を取ったり、誰かに取り入ったり、時に離れたり…(確かに今でもそう言うのはありますが)

だから…「そうかぁ~俺の野心だけが達成したら嫉妬されんだろうなぁ~」とか思いました。

今の現実は違いますよ。そりゃ~収入だって社員よりはいいけど、企業のサラリーマンだって私より収入が多い人なんてたくさ~んいますよ。そんなもんですよ。

当時の野心はそんな心配までしてました。これを専門用語で「取らぬタヌキの皮算用」って言います。

で、男の世界で嫉妬されない奴ってどんな奴だろうって考えました。

そうだ!強い奴だ!!

ってな感じです。

男って永遠に強さに憧れるじゃないですか。格闘家って富と名声を得てもなぜか人から悪く言われないよなぁ~?とか。

野心を達成して、性格の悪い奴に引きずり落とされない為には、これだ!とか真剣に30男が考えていました。ホンとに大バカでしょ~。  つづく

| | コメント (0)

2008年12月26日 (金曜日)

格闘技に関連する他愛もない話し①

私は勿論格闘家でもなければ、達人でもプロでもないので、格闘技を語る権利はありません。でも自分が何故格闘技をやったのか?今はどう思っているか、は語れます。

まず始めた理由です。きれい事は「心を強くしたい」 これも本当。きれい事以外は何か?

格闘技は30才を過ぎて独立した後から始めました。それ以前の友達や知り合いは私が格闘技をやってきたと知ったらビックリすると思います。それだけ若い頃は興味がなかったからです。

10代や20代の頃は、すこし大人をバカにしていました。いつか確実に自分も年を取ることを忘れて…

三十路を過ぎて自分が若者と呼ばれなくなり始めて、若い頃が反面教師になってしまった。

今度は深夜の繁華街の夜間作業などで若い連中に絡まれそうで、恐くなってしまいました。だから強くなりたいなぁ~と思って。

どんな強さかと言うと(すいませんね。今はこんな気持ちは全くないので)心は二の次で腕っ節が強くなりたかったのが一番かも。その当時30才頃の私のウエイトは60キロです。

もうスタイルとかよりも目標は、なんか近寄り難い風貌、なぜかひれ伏してしまう様な風格、30過ぎの人間が真剣にこんな事を考えていましたからねぇ~、考えられないバカでしょ~。

その甲斐あって?現在のウエイトは75キロ。頭を準スキンヘッドにしていた頃は海の仲間内での恐い顔ランキングにもエントリーされていたらしい。目つきも「警察官みたい」とか言われる始末。

お蔭で40を過ぎてやっと壁も取り外し、フレンドリーに受け入れ態勢は万全にもかかわらず、今度はあまり他人から話しかけられることがなくなってしまいました(笑)  つづく

| | コメント (0)

2008年12月25日 (木曜日)

メリークリスマス!

200812242113000 今年のケーキはモンブランです。美味しかったですよ。私の中のケーキの王様はモンブランです。

クリスマスっていいですよね。私昔、柄にもなく日曜学校に行ってたことがあります。賛美歌とか歌っていました。とても見えないと思いますが…

理由は少年野球チームが日曜学校のチームだったからです。

日本には八百万(やおよろず)の神様がいます。すごーい沢山の神様がいます。仏教が入ってきました。キリスト教も入ってきました。でも日本では争いが起きません。

どこかの国では同じ宗教同士で戦争が起こるくらいなのに…

日本は元々大らかです。日本に沢山いる神様は『愛』の分野をキリスト様にお任せしたとか…

だからこの時期は子供に夢を与えたり、街のイルミネーションに感動したり、大切な人と過ごしたり温かい気持ちになれます。

ここはチョッとエコは置いておきましょう。エコもミクロとマクロです。

私の家もイルミネーションを2年前まで少しやっていたのですが、ブログに偉そうにエコだ、環境だ、自然だ、書いているので、なんとなくやりづらくなり止めました。

斜めお向かいのイルミネーションが綺麗です。毎年綺麗です。

こんな世の中です。クリスマスくらいいい気分で過ごしたいですねぇ~!

でもこんなに分かっているはずの私はダメダメです。イブにも社員を怒っている。ホンとにダメダメです。

200812242029000 ※クリスマスの料理は毎年これ!ある元総理大臣のレシピらしいです。モモ肉を1時間煮込みます。まいうーです。

| | コメント (0)

2008年12月23日 (火曜日)

サーフィン②

独立時期はほとんど出来ませんでした。周りの仲間が羨ましくも、今の自分には趣味をやる権利はないものと思っていました。

暫くして、サーフィンを覚えたこの場所に移り住みました。それからは休みの日はほとんど家の前でサーフィンをやっています。

台風の前の大きい時も有名なクラシカルポイントなんて私は行かないのです。意地みたいな意固地みたいな感じです。そんな時も家の前で入っていました。

こんな日に一人だけ海に入ってたよって。よく見ると深澤さんだよって。優越感ぶっていました。アホです。でももうそんなの止めました。

約30年近い波乗り人生で3回死にそうになりました。その内1回は千葉の大原のテトラポットにはまりました。

もう1回は初心者の時に逗子の有名な台風スポットに連れて行かされ溺れました。どんなに凄いかって言うと、何年も延期されている波が超大きくないと開催されない稲村ガ崎の大会がその日は開催されていましたからねぇ~。

あとの1回はブログには書けません。ポリポリ。古い。

で今の気持ちなんですが、体が立てなくなるまでやりたいです。海に触れることで自然の有難味も分かるし、やっていなかったらエコにも興味なかったと思うんですよねぇ~。

年取ったつうのもあるけど、調和だと思うんですね。自然相手に人間なんか太刀打ちできないし。畏敬の念で臨むことが大切です。小難しいこと言ってすんません。

例えば欧米人がヒマラヤやエベレストに登る時は“征服”しに出かけます。でも日本では本来自然が神なので、登らさせて頂きますのはずです。大自然に感謝の気持ちですよ。

サーフィンはファッションもそうですが、テンションもスタイルもすべてアメリカナイズされています。でも日本的でもいいはず。

技術的や年齢的な話しもありますが、スタイルもこのままでいいと思っています。サーフィンは自然と調和できるすばらしいスポーツのはずです。

争いごともいけないし。陰の声でお前が言うなって少し聞こえますが(笑)(笑えない!)  “調和”“日本的”今はそう思っています。

移り住んでからはフレンドリーも心がけています。でもローカリズムはやっぱりあまり好きではないかなぁ。もちろん皆と仲良くしなければいけないのは前提ですが。

自分自身も変われました。サーフィンライフはまだまだ変化し、これからも続きます。これからが本当のサーフィンライフかもしれない。

| | コメント (3)

2008年12月22日 (月曜日)

趣味の話し。サーフィン①

趣味のサーフィンはまだ当分出来ません。私がサーフィンをどうして大切なものと思えるのか?その訳をブログに。

10代の後半、今から30年近く前、若い人からすれば考えられないと思いますが、巷ではサーファーディスコ(今で言うクラブ)なるものが流行っていました。私も夜な夜な通っていました。

六本木、新宿、渋谷。元々色白な私はファッションだけはサーファーの成りしてチャラってた訳です。チャラい私なりに考えました。

「まてよぉ~、成りだけでなくて1回くらいやらないと格好つかないぞぉ~」って。そんな具合でやってみました。

難しい!!

あまりのへたれ具合に自分自身に嫌気が差し、チャラってる場合じゃなくなりました。思い立つとまっしぐら。すぐに都内のチームに入会し、それからのおよそ2年はまさにサーフィン三昧です。

伊豆のビーチハウスでもアルバイトしていました。当時その浜でやっていた中学生や小学生は大人になりトッププロで活躍していました。残念ながら当時、非社交的で超内弁慶の私は伊豆のローカルとの交流はありません。喧嘩はしたけど(笑)。

その後の私はと言うと努力の甲斐があり、チャラ男から脱却2年で東京都の予選を3番で通過して全日本選手権に出場できました。

本選は四国の生見海岸です。一回戦敗退。しかもビリ。言い訳すると勝っていました。岩陰でジャッジから見えなかったのです。だから乗っていないことになっていました。

それからの私の目標は全日本で入賞することでした。ちなみに私の運動神経は子供の時からそこそこいいのですが、クラスでもトップではありません。自分を知っているので、プロなんて始めから無理。

当時のスタイルは今と違いマニューバーと言う乗っている波のラインときっちり波をメイクすることで高得点を得ることが出来ました。私のスタイルにピッタシでした。

ちなみに今も当時からまったく進化していません。当時のままです。(いや後退しています)そんな時代だから当時はただの夢でもなかったんですねぇ~。

でも就職。四国で負けた時、これで止めておきなって事だったんでしょうね。次の年は補欠で新島大会の切符は手にしたのですが、補欠でなくてチャンと行ってやる的な思いから行きませんでした。今思えば行けば良かった。

て、言うのもそれから先は常に予選敗退。しょうがないので、小さな大会に沢山出て、専門誌にほんとに小さく名前が載ることを喜んでいたほんとに小さな人間でした。だからトロフィーとか半端じゃなくありますよ。実家に。ろくでもない大会の。

週1サーファーになっても夢は諦めきれず、コンスタントに波のない湘南じゃダメだって事で毎週一人で千葉に通いました。

トップコンペティターが集まる志田下と言うポイントに就職して購入した86をぶっ飛ばして一人で日曜日に3ラウンド練習しました。そりゃ~仲間はいましたよ。でもほとんど一人で行きました。

多分周りからは暗い奴と思われたと思います。また非社交性も直っておらず、4~5年通い有名な連中と顔見知りにはなり、ラインナップには入れてもらえるものの、こちらも壁を作り結局千葉のローカルとも仲良くはなれませんでした。

サーフィンもこれ以上上手くもならず、そして自分の才能の無さに夢を諦めました。その後、独立開業。

つづく。

| | コメント (0)

2008年12月20日 (土曜日)

CSR

先日、小さなお子さんにそのお母さんが道で怒鳴っていました。「なんでお友達に挨拶されて、挨拶ができないの!」

正しい事を言っている。こう言うことで真剣に叱れる親は最近あまりいないです。しかし、傍で聞いている方はそれでもいい気分はしないものです。

お子さんに同情の気持ちも沸き、「その位で許してやってよ」って気もします。ただそのお母さんにとっては、その子の為の道徳教育に必死な訳です。

同じ様なことを私もやってしまいます。周りが見えなくなり、研修生や精神の病気を持ったアルバイトさんの前でも平気で社員を怒鳴ります。後から良くない事だと分かりつつも…

それは偶然私の耳に入ってきました。偶然が無ければ、何のことはない事で済まされていた気がします。企業の社会的責任。一歩間違っていれば大変な事になっていました。

事なきを得ましたが、ここは真剣になります。CSRとは別の面でも逸脱行為が続くものです。負の連鎖ではありません。必然です。

事後報告、言い訳、交通違反、使用薬剤の手順違反、ルール違反… ドンドン続きます。必然なんです。

真剣な反省を促すために真剣に怒鳴りつけます。原点を見失うととんでもない結果が待っているからです。

ただ当事者は怒られた記憶しか残らず、本人も周りも本質が分からない。だからブログに。

例えば会議で。自分が出来ていないことを人に言うべきではない。「ルールを守りましょう!」ってルールを守っていない奴が言ったとします。

この時点でそいつは永遠にルールを守れない人間になります。だってそこに“謙虚”さがないもん!

「俺ルール逸脱してるなぁ~?人に言えないよぉ。皆から認めてもらえるようになろう!そうなって人に指導できるようになろう!」普通はこうです。

ビーチクリーンだって強制ではなくて、都合がつく人間が気持ちで自発的に参加しています。でも1回も来たこと無い人間が、「もっと真剣にビーチの美化とかも考えようぜ!」って言ってもダメ。

ここにも謙虚さがまるでない。来れないのはしょうがない。でも人に言うなよって。CSRを問われそうな行為を咎められたら、せめて暫くは他人ではなくて自分だろって。

会社の“社風づくり”の「謙虚で素直な驕らない姿勢」ってそう言うことだ。

| | コメント (2)

2008年12月18日 (木曜日)

J POP

200812180735000 年末やクリスマス、ご承知の通り家にいてもやることがないので、買ってきました。J POP。

DVD付き。EXILEとケミストリーのバラードベスト。そしてミスチル。

たまにはバラードDVDでも観て鍋でも食うべぇ~

早速観ちゃいました。EXILE。Ti Amoのプロモは最高です。いろんな意味で最高。なにが最高かは秘密。オジサン達は大喜び。でもないから(笑)。

200812172013000 昨日はきりたんぽ鍋。

ちなみに私は奥様一筋です。(ポイント高い)

| | コメント (0)

2008年12月15日 (月曜日)

柄にもなく

200812141717000 クラシックなんかを聴いてきました。

なかなか良かったです。でも術後の影響で鼻水が垂れるので、啜る音を出さない様に必死でした。

幸いにも事なきを得、その後は久々の外食へ。

200812141932000日本料理です。

食事中は事ありでした。ずっーと鼻啜ってました。鼻に管が入っているのでかむことが出来ません。垂れてくるのを拭うしか方法がないのです。

200812142012000

そんなこんなでしたが合鴨のつくねは絶品でした。

| | コメント (0)

2008年12月12日 (金曜日)

臭い!

顔が。オヤジ臭。自分でも確認できるくらい。      

洗えないんです。鼻のギブスみたいな青っぱなと耳の軟骨移植の影響で。    

そこで… 

ジャジャ~ン! 

Image001 美肌マスク。

女房のをちょっと拝借。                               

| | コメント (0)

2008年12月10日 (水曜日)

退院

実は入院していました。鼻の手術です。最近のブログは予め書いて予約アップしたものです。

遡れば26年前。鼻を打撲し医者へ。よりによって地域で一番藪と噂の外科に駆け込みました。レントゲンまで撮り「ただの打撲だねぇ~」だって。でも明らかに変。

しばらくして痛みが引いたし。でも変。曲がってるし、陥没してるし、左の鼻が通らないし…

1ヵ月後、大学病院へ。「折れてますよ」 あっさり。「手遅れですねぇ~手術しかないです。」

それから26年逃げてました。

だって私は大きい病気に罹ったこともなければ、入院したこともなければ、体にメスを入れたこともないんですから。怖いですよ。丈夫に産んでくれた親に感謝です。

手術は年初からある程度決めていました。でも会社の状態をみて最終決定は秋ごろしました。

それにしても今回は私にとっては過去最大の戦いでした。開業よりも?そうです。間違いなく。

開業時の苦労は、苦労であっても夢があったので辛くなかったし。逆に今思えば楽しかったし。

でも今回は元の鼻に戻すことだし。夢と言ってもねぇ~ 楽しみと言ってもねぇ~(元に戻るのは嬉しいけど)

点滴は痛いし…

手術中につけていた呼吸の喉の管の後が激痛だし…   (今も痛い)

おしっこの管は残尿感があるし…

外れたら外れたでトイレの度に痛いし…

肝心の鼻はズキズキするし…

鼻をかめないし…

粘膜刺激しているから詰まって呼吸できないし…

退院できてよかった。もう病院はコリゴリです。

健康なんだけど健康のありがた味が身に沁みました。それが感謝です。あと手術に成功して無事に退院出来たし、先生や看護士さんに感謝です。留守を守ってくれた社員や妻にも。

大好きなサーフィンや格闘技は当分お預けです。致し方ない。これからの為には良かったのです。が…

でも本音として実際はつまらないなぁ~。仕事は楽しい言っても過渡期の経営者なんで社員にも教育や躾とか色々あるじゃないですかぁ。

退院してもこの先しばらく仕事の発散も出来ないです。バランスはプライベートでとっていたので。

入院中や昨日や今日も考えられないことが起こってるし。運動して暴れたいなぁ~。退院したばっかだと言うのに。

でも当分私の趣味は‘読書’です。趣味読書だけ。暗ぁ~ トホホ

| | コメント (6)

2008年12月 9日 (火曜日)

本当に賢い人って

最近、難しいことばっか偉そうに書いています。でも本当に賢い奴は難しいこと言わないんですって。

でも屁理屈言うと、私は書いているんであって、言ってません。飲んでも難しいことは一切言いませんよ。陽気になるだけです。

でも賢くはないです。賢ぶって偉そうなことを書き込んでいるので…。他人に対しての言葉って本当は思いやりのあるシンプルな言葉しか必要ないらしいです。

人間性が相当低い奴は嫌味や意地悪を言います。これは論外です。逆に本当に賢く、人間力が豊かな人は難しいことも言いません。愛のある簡単な言葉で済む筈です。

しかし共に成長期の我が社では、シンプルではまだまだ教育できません。躾の部分だけは手を変え品を変え伝えないと無理ですねぇ~。今はそれが社員のためかと…

ブログに優しさだけが溢れるようになったら、私も会社も相当成長したとお思い下さい。その時はよろしく!      

| | コメント (0)

2008年12月 6日 (土曜日)

頂き物②

①の話しは本当は違うらしいです。

最近のマイブームで尊敬する方の書籍に、頂き物は喜んで頂かなければダメですよって書いてありました。実はそれ以前から私はそうしているのです。

私の両親だって①に書いた様な事を教育したわけではないです。勘違いのトラウマもどきなのです。

経営者って与えるものらしいです。惜しみなく。自分にあるものを社員に。物の事ではありませんよ。でも物の時もあります。喜ぶかなぁ~とか思って。

与えた人間からすると「喜んで頂きま~す!」とか「ありがとうございます!」なんて言ってくれた奴の方が可愛いいんです。

いや、貰って迷惑なものもあるよぉ。でもお土産やお裾分けなんかは「美味しかったです。ありがとうございます。」で皆幸せでしょ!だから‘いりません’はダメなんです。

飴ありがとうございます。お煎餅ありがとうござます。って美味しそうに食べてくれれば相手は嬉しいでしょ!そう言うことなんです。

お土産を置っパなんて論外なんだ。相手の気持ちを台無しにする心無い奴の行為です。

入社半年のウッチーが「社長から頂いた林檎、蜜が沢山入っていて美味しかったです。家族みんなですぐに食べてしまいました。」って。朝礼前に。

たぶん本当に美味しいと思うんだけど、例え嘘でも嬉しいじゃない。さすがやねぇ~。

| | コメント (2)

2008年12月 4日 (木曜日)

頂き物①

以前の私の場合、なにか人から頂くと遠慮をしていました。もちろんお土産とかは別です。お菓子のお裾分けとかの話しです。

理由は子供の頃に遡ります。小学生にもならない頃、近所の裕福な八百屋の息子に50円を奢ってもらったことがあります。

当時の50円って駄菓子がたらふく買えます。ちなみにその八百屋の息子は超肥満体でした。それで沢山の駄菓子を抱えて家に帰ると、両親に「そんなみっともないことすんな!」ってこっ酷く叱られた経験があります。

そして50円をその八百屋の息子に返しに行きました。その息子はなんでそんな金返すの?って雰囲気でした。

幼心に‘金持ちに媚売ったらいけないんだぁ’‘人から物を貰うことはいけないんだぁ’って感じ取ってしまいました。それからは人から「これあげるよ」って言われても「あぁ俺はいいよ」って遠慮するようになりました。

| | コメント (0)

2008年12月 3日 (水曜日)

今朝の湘南

200812030856000 波なし。

釣り人あり。

富士山綺麗!

お散歩日よりでした。朝なのにあったかい。

湘南は日本一の場所です。

| | コメント (1)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »